<司法と市民の連帯から新たな時代が始まる>
<バージニア権利章典からワイマール憲法を経て、民主主義の本質を訪ねる旅>
人類の歴史の過程で権力の分立が初めて文書として現されたのは16世紀でした。
トーマス・ホッブス(イギリスの政治哲学者1588~1679)による著作(「リバイアサン(1651)」=国家についての政治哲学の著作)に依ってでした。詳細はここでは述べませんが、ルネサンス(14世紀~16世紀)以後に近代的な国家の概念は見直され、マキャヴェッリが権力関係から国家の成立を考察し、さらには宗教戦争や内戦などを通じて国家の新たな哲学的な基礎付けが求められるようになってきました。ホッブスはイギリスでの内乱を通じてこれらに問題意識を持つようになり、新しい国家理論の基礎付け、新たな政治秩序を確立することを目指しました。ホッブスによって提起された社会契約論や市民の自然権、有神論から無神論、二元論から唯物論、政治倫理と権力の存在、等の哲学的考察の筋道を議論の対象として、後の人類の倫理的方向性が生まれました。
「リバイアサン」への推考を重ねつつ、その後の社会原理や哲学が、ジョン・ロック、(1632年~1704年―イギリスの哲学者。経験論の父、主著『人間悟性論』で経験論的認識論を体系化。政治哲学者として『統治二論』別名『市民政府二論』として1689年に刊行)、ルソー(1712年~1778年―ジュネーヴ共和国に生まれ、主にフランスで活躍した哲学者、政治哲学者、作曲家『社会契約論』1762年)、シャルル・ド・モンテスキュー(1689年~1755年―フランスの哲学者『法の精神』1748年)らによって展開されて行きました。
● ジョージ・メイソン(1725年~1792年)
今日の世界の主流をなす法典の基本は、バージニア権利章典(Virginia Bill of Rights)とされています。1776年に起草された文書ですが、「不相当な」政府に対する反抗の権利を含み、人間に本来備わっている自然権を宣言したものでもあります。バージニア権利宣言(Virginia Declaration of Rights)とも呼ばれるこの章典は、ジョージ・メイソンによって起草されたものです。18世紀の自然権思想を集約的に成文化したものであり、基本的人権の思想を世界で初めて明文化したもので、合衆国憲法制定の際には、基本的人権の保障が明確に示されていなかったことから、1791年に修正第一条から修正第十条までの修正条項として追加されました。この章典は後の多くの文書に影響を与え、1776年のアメリカ独立宣言、1789年のアメリカ権利章典、および1789年のフランス革命における「人間と市民の権利の宣言」などが列挙されます。全文で僅か16条からなる権利章典は、これが18世紀末に起草されたものとは思えないほど的を射た章典であり、21世紀の今日でさえ尚存在感を持って私たちに迫ってきます。以下に全文を掲載させて戴きますので、まずはお読み下さり、その後にこれからの私達の目指すべき方向性を議論させて戴きたいと思います。
◆バージニア権利章典の全文から始まる権力の分立統治、そしてワイマール憲法の欠陥を巧みに利用したヒットラー
◆自民党の緊急事態条項草案と内在する安倍政権の欺瞞
◆市民による司法改革の由来と実現性
◆ハーバード流思考方としてのマイケル・J・サンデル教授とジョン・ロールズ教授の政治哲学史からみる将来への展望
◆砂川判決と原発再稼働判決によって示されて最高裁判所の苦悩から市民的視点への変化の兆し
◆民主主義のあるべき姿と未来の統治機構の在り方と市民思想の高揚へ
2012年の日本版NSC(国家安全保障局)に始まった安倍自公民政権は、2014年に
は集団的自衛権の違憲性を強引に突き破り、昨2015年9月に安保法制を成立させました。 員数の帳尻合わせの為に公明党を囲い込み、労することなく国会を悉(ことごと)く制して来た安倍自民党政権。昨秋より続いて来た、民主主義国家を目指す市民の大いなるウネリも安倍自公民政権に無視され続けてきました。民主党、共産党、そして維新を初めとした急越しらえの野党勢力には全く為すすべがありませんでした。
◆草の根の市民運動が日本で日の目を見る事は出来るのだろうか、という沈んだ心地に陥ること
もありました。
暗中模索といった日々がすでに3年も経過し、シールズという若者たちの社会参加を歓迎しつつ
も、彼らの声に答えることが出来なかった2015年。これからの市民活動の原点として、私たちは
新たな行動指針をここに記したいと思います。その新たな戦略の指針となったのは1999年に制作
された「日独裁判官物語」でした。(下部に私どもが了解を得てYoutubeにアップさせていただい
た映画のアドレスを記しております)
◆1945年、同じ敗戦国として日本とドイツは国家再生の道を歩み始めました。そして2016年の
今日、日本とドイツは、民主主義という点において、経済再生という結果において、大きく差異をつ
けられてしまっています。
◆経済的発展のみを第一義として国創りにいそしんで来た日本。社会正義と市民の自由、平等、
人権を重んじて来たドイツ。
市民によって構成される一つの国家という原点に立ち返り、人間の尊厳を決して忘れてはならな
い、という理念を育んできたドイツ。社会がどのように乱雑になろうとも、経済さえまともなら後はどう
にでもなる、と高をくくって来た日本。その結果が以下の通りです。最大の問題点は国家債務に
よって明らかになっています。
ドイツ:人口ー8100万人 GDP 3兆3600億ドル GNP(国民1人当たり)41.481ドル
国家債務 GDP比で78%(262兆円)2014年度は黒字に転じ、今年
(2016年度)は昨年の国家収益の50%をシリア難民支援に用立てると決
定されています。
日本:人口ー1億2700万人 GDP 4兆2100億ドル GNP(国民一人当たり)38.216ドル
国家債務 GDP比で240%(1050兆円)、2016年度も40兆円程の国債
を発行しなければ予算が組めないという状態です。
※ドイツと日本の人口比から言えば、日本のGDPはドイツの1.5倍ーすなわち5兆0400億ドルを
計上していなければなりません。そしてGDP比で言えば、国家債務は392兆円であればドイツと
同等だと言えるでしょう。勿論政治権力による戦略の相違があったとはいえ、日本の国家債務は
世界で群を抜いてトップをひた走りに走っています。
通常であればまさに借金地獄といったところです。日本という国が破綻国家となっていないのは、
ひたすら勤勉に国民が労働し、そこから得た賃金を貯蓄という形で残してきたからです。国民の総
貯蓄額が国際的信用を得てその首が繋がっていたといっても過言ではありません。
しかし日銀のマイナス金利導入によってその国民貯蓄すら海外に流出する可能性がある今日のグ
ローバルな金融世界。
2001年の小泉政権から始まった国債増額による国家予算計上は、そのまま安倍政権に受け
継がれ、2000年迄ずっと400兆円以下だった国債発行額が僅か15年で一気に600兆円も増
えてしまったのです。今、国民の税金で賄われる筈の国家予算の30%以上が、この国債の利払
いと償還金に当てられています。
◆経済一辺倒で来た日本が結果としてドイツに大きく後塵を拝しているのは何故でしょうか?
その大きな要因は、国民の総合的な意識の違いにあると言えます。日本では「お金の入る事だけ
言っておけば、政治家は当選できる。事実を捻じ曲げようとも、政治家のいうことを国民は信じてし
まう、という馬鹿げた論理が罷り通って来ています。
ドイツが真面目になったのはナチス・ドイツの反省からだと思っている人たちも多いようですが、実
は根源的な人間の尊厳への理解からくる理念を、国民の多くが抱いているからだと私は思っていま
す。それは「カントやショーペンハウエルに代表されるように、理性に基づいた倫理観がごく自然に
体の中に浸み込んでいる」からとも言えます。
◆国を形成して行くのは政治や行政や司法の規範ではなく、国民の総意で形成されて行くもので
あり、より健全で意欲に満ちた市民の意識が原点にあって、初めて国家は正常に機能して行くもの
です。ドイツは東西両ドイツが一つになった1990年から未だ26年しか経っていません。このよう
な短期間で今日のEUのリーダーと為りえたのは、市民一人一人の意識が集約され、対話を通じ
て構成されてきた様々な社会機構から生み出されたのだと考えられます。
◆ドイツと日本では司法の在り方も大きく異なっています。詳細は映画「日独裁判官物語」をご覧
戴ければお判りになると思いますが、最も重要な点はドイツにおける正統な民主主義は、「裁判官
や司法関係者、施政者達が、市民と一緒になり、対話を通じて様々な改革を実行して来た」とい
う点です。裁判官達が市民と一緒になって「核廃絶運動」に参加し、逮捕拘留という事態になって
も、圧倒的な市民の喚呼によって裁判官達にペナルティが課されることはありませんでした。
◆1980年代から始まったドイツの司法改革は、映画が制作された1999年において、すっかり社
会に定着したものとなっていました。一旦認可された「原発建設」も一人の裁判官の決断によって
「原発建設の認可」が取り消されています。脱原発についても、市民グループと裁判官も加わっ
た、「如何に現政府に脱原発を認めさせるか」という活動を経て、結果としてメルケル首相が政府
方針として取り入れたことは、皆さんがよくご存知の通りです。
◆この映画は1999年に日本の元裁判官や弁護士といった現役の法曹関係者の方々の手に
よって作成されたものです。6000人にも及ぶ司法関係者達の各々1万円の拠出金によって創ら
れた映画ですが、そこには第二次大戦で共に敗北した日独という二つの国家の、その後の国創り
の大きな方向性の差異がまざまざと描かれています。
★映画を制作されたのは<制作・普及100人委員会>の方々で、代表は元日弁連会長の鬼追
明夫(きおいあきお)氏、事務局長は高橋利明氏(弁護士=情報公開センター)、他の方々です。
*映画に登場されているのは:鬼追明夫(元日弁連会長)、梶田英雄(元裁判官1998年退
官)、田川和幸裁判官、井垣康弘裁判官、安倍晴彦弁護士(元裁判官1998年退職)です。
・ドイツ側からは:ドイツ連邦憲法裁判所長官ーリンバッハ女史、ドイツ連邦憲法裁判所:ユルゲ
ン・キューリング判事、ミュンヘン区裁判所:ヘルビック裁判官、フライブルグ行政裁判所:エッカー
裁判官、ブラウンシュバイク高等裁判所:クラマー元裁判官、等です。
◆「日本ではこんな訳には行かない」と思われる方々も多いと思いますが、ドイツでも社会に定着
するには20年近くの年月がかかっています。日本でもすでに17年も前にドイツに学び改革を行お
うとされた司法関係者が多々おられた訳ですから、今年から本格的な市民運動を始めれば、5年
~10年でそれなりの社会機構が出来上がる筈です。社会というのは一旦火が付けば、燎原の火
の如くに熱く燃え上がるものです。日本の市民社会の意識の高揚は、昨年の反安保法制の時のよ
うに下地はすでに出来上がっています。後は明確な戦略と戦術を対話を通じて煮詰めて行けば、
必ずや民意が政治に反映される日が来ると確信いたしております。
ただ日本の裁判官を取り巻く環境は旧態然としたものであり、1998年には「国連国際人権規約
委員会は日本の裁判官の人権教育の必要性を強く勧告した」と記されています。
◆私たちは司法との連帯を最重点に、尚且つ参議院選挙をも視野にいれた活動とすべく、新たな
キャンペーンページをChange.orgのサイトに立ち上げました。参議院選挙では最高裁判所長官
の信任投票も行われる筈です。
皆さんからのコメントをパブリック・コメントとして法務大臣や最高裁長官、そして現安倍政府に渡
して行きたいと考えております。以下のアドレスをクリックして頂いて、ご賛同及びコメントなどを頂
戴出来ればと切望致しております。皆さんの思いの丈を司法関係者や施政者、そして他の市民の
方々にとどけさせて戴きます。どうか宜しくお願い致します。
(今回は嘆願書ではありませんので、ウエブ署名だけで十分でございます。)
●[司法と市民の連帯から新たな世界が始まる]市民の為のキャンペーンサイト
●映画「日独裁判官物語」1999年制作:
<制作・普及100人委員会> 代表 鬼追明夫(元日弁連会長)
Youtube版作成:NGO市民プラットフォームジャパン
アドレス: https://youtu.be/FLbp39nxlw4
2016年3月5日 NGO 市民プラットフォームジャパン
共同代表 藤原節男(脱原発ドン・キホーテ)、笹岡 哲(ウエブ名:曽根悟朗)
<追記>
◆日本に今最も求められるのは、経済活動の拡大ではなく、市民一人一人の日常的な暮らしの
中での正しい意識の集約と、それに裏打ちされた行動にあると言えるのではないでしょうか。安倍
政権を崇めるだけの、ただの愚かな群衆となり果てていては、日本の再生は期待薄と言えます。
正当な市民意識の拡大が、知らぬ間に豊かな国を結果としてもたらすのだということを、私たちは
ドイツから学び、更に「憲法9条」を永久の国是として世界のリーダーとなることを目指さなければ
なりません。
◆映画「日独裁判官物語」が製作されてから17年を経た現在、なお日本は司法の独立を果たせ
ずにいます。
民主主義の根幹を為すべき三権分立が、依然一権二流とも言える状態で、自民党政治勢力の
闊歩する状況が続いています。
◆映画は「自由で独立した裁判官でなければ国民の権利は守れない。司法の民主主義を確立す
るのは主権者たる国民である。」と結んでいます。
★大飯原発3・4号機の再稼働を認めなかった樋口英明裁判長は名古屋家裁に左遷され、その
転勤直前に高浜原発3・4号機も再稼働を認めない決定をして去りました。
しかし「この鼬(いたち)の最後っ屁」の効果は次の裁判長によって半年も経たぬ内に、二つの原発
ともども再稼働許可となって消え去ってしまいました。
★宮本判事再任拒否と寺西事件に見られるような、立法府と行政府が常道として来た国家権力
の欺瞞性が罷り通る社会に、何が欠けているのかがこの映画によって明らかにされました。
行政府の強引な押し付けに対する検証は為されず、人間としての尊厳と正義への王道が失われ
て来たのは、そこに市民そしての意志が全く無視され続けてきたこに他なりません。
2012年秋から始まった特定秘密保護法に端を発した安倍自民党政権は、集団的自衛権から
安全保障法制へと一気に戦後民主主義の萌芽を摘み取り、戦前の国家支配体制へと逆戻りして
しまいました。これはやがて世界に冠たる平和憲法の象徴である「憲法9条」へとその触手が伸ばさ
れるのは必定であると言わなければなりません。
◆ドイツ:メルケル首相は難民問題に関するヨーロッパ各国の反対に対し、2015年9月に開催さ
れたEU首脳会議で、次の様に述べています。
「難民問題はEU加盟国すべての課題であり、各国だけの対応では克服できない問題です。すべ
ての加盟国が公平な基準で、義務として難民を受け入れる必要があり、勇気と想像力を働かせ
れば必ず克服出来る課題です。私たちは戦争やテロから逃れて来た罪のない難民の人達への責
任も負っているのです。
助けを求める人たちを保護するのは当然のことです。難民問題を解決出来れば、ヨーロッパ全体
に経済的・社会的な大きなメリットをもたらします。」と。
★ドイツでは憲法基本法においてー難民の庇護ーを明示し、ドイツの基本理念であることを宣言し
ています。日本では憲法9条によって「戦争の永久放棄」を基本理念として、ドイツよりも優れた民
主憲法を保持しています。
◆2012年より続いて来た、民主主義国家を目指す市民の大いなるウネリも安倍自公民政権に
よって無視され続けてきました。このように高をくくっていることが出来るのも、そこに司法の不在が
明らかなる故と言えます。
今、市民に必要なことは、政治に大きな影響力を持つ存在となることであり、司法の独立と開か
れた司法の存在の実現を支援することこそが、急務であると言えます。
本物の「三権分立」の実現こそが、独走する政治に歯止めを掛け、公平で信義に満ちた真の法治
国家を具現化する唯一の道なのではないでしょうか。
◆三権分立が確立された状況で、もし開かれた司法が介在していたなら、憲法9条に照らし合わ
せた念入りな合議と、それに基づく当然の帰結「集団的自衛権と安保法制は違憲である」、という
結論が齎されていたであろう事は、火を見るより明らかなことであったでしょう。
立法・行政から独立した人類普遍の倫理を市民と共有し、日本を真の卓越した民主国家として構
成し得る司法府の確立こそが、今こそ急務として求められています。
◆原発は最終的に廃炉にしなければなりませんが、その廃炉に対する費用と年月は、私たち国民
に莫大な負担を負わせることは必然です。放射能との限りない戦いが繰り広げられようとしている
福島第一原発。廃炉工程は事故から40年かかると報告している東京電力。廃炉費用は2兆円
と見積もっていますが、そのような安易な見込みだけで終わる筈はなく(水処理だけでもどれほど予
想外の事象に出くわしていることでしょう)、又これらすべては私たち市民の支払う電気料金で賄わ
れて行くのです。
世界で最も厄介なものーそれは原子炉内でメルトダウンした核燃料=デブリ、これが福島第一原
発には600トンもあると推定されています。これから人類史上かってないデブリとの戦いが繰り広げ
られていようとしています。スリーマイル島原発事故ですら取り出しに11年かかりました。福一では
3機の原子炉がメルトダウンしたのです。
◆誰がどのような経緯で原発を導入したかも司法の手で明らかにされることはなく、原発事故に関
しては国際的な司法体制も確立されてもいません。
にまで踏み込める法的機関をも目指して行く必要があります。それが日本が世界に対して果たしう
る責任であるとも考えております。
2016年3月5日
NGO市民プラットフォームジャパン 笹岡 哲
【パリ同時多発テロ:総集編】
ムスリム社会との平和共存が喫緊の課題となる中で起きた2015年11月13日の「パリ同時多発テロ」は実に悲しいことでした。アイシス(ISIS)に触発され洗脳された若者達の、人類の未来を踏みにじる行為は、決して許されることではありません。彼らが何故このような行為に至ったのかを深く見つめ、犠牲になられたパリ市民130人の方にご冥福を捧げつつ、これから我々市民が何をどのように考えるべきかをしっかりと把握しなければなりません。
国連が何の役割も果たせなくなった今、世界の平和実現へ向けた新たな理念のもとで、世界市民が結束しなければ未来を変えることは出来ないでしょう。これまで世界を支配してきた政治理念=軍事力による国家バランス=等という愚かな概念は捨て去ることから始めなければなりません。
【パリ同時多発テロに於ける考察と世界のパラダイムの変換】
<目次>
【Ⅰ:パリ同時多発テロの経過】
【Ⅱ:パリ同時多発テロ後の状況】
(1)パリ同時多発テロ後の各国の状況と背景
(2)忘れてはならない重要な要素としてのクルド自治政府のペシュメルガ
【Ⅲ:パリ同時多発テロから見えてくる事】
(1)死に至るまでのテロリスト達の苦悩
(2)テロリスト達の思い
【Ⅳ:パリ同時多発テロは何故起きたのか】
(1)最大の原因はシリア:アサド大統領の独裁
(2)気候変動による旱魃
(3)オサマ・ビン=ラディンの殺害
【Ⅴ:我々市民が学ぶべき理念と執るべき行動】
(1)市民の覚醒と連帯
(2)覚醒
(3)市民の連帯
【統一される市民運動】
安全保障関連法案は安倍の思惑通り参議院を通過し、法制として成立致しました。
市民の溢れる思いがいとも簡単に無視され、強引に成立させてしまう安倍晋三という政治家はまさに自分の意のままに、民主主義というものを根幹から破壊した張本人と後世には語り継がれることでしょう。
2012年秋の「国家情報管理法(日本版NSC)」から始まった安倍自民党政権と市民との戦いは「特定秘密保護法」「集団的自衛権」と続き、間に「米軍基地沖縄辺野古移転」を挟んで、今の「安全保障法制」へと繋がってきました。この間市民側は全敗が続き、ただただ臍をかむしかない日々が続いています。
私どもは今回の事実を踏まえながら、「これからの政治や市民運動をどのように展開して行けばいいのか」という課題について考えてきました。少し長いPDFファイル(34P)になってしまいましたが、是非お目を通して戴きたいと思います。
≪統一される市民運動≫
―目次―
―前文―
【1】安倍政権の偽善 (戦後70年談話と積極的平和主義という偽善)
【2】集団的自衛権
【3】集団的自衛権を内包する安保法制とは何か(日本の防衛費・日本の貧困率)
【4】アフガニスタン・イラクそしてシリアへと続いたイスラームテロリズムとの戦い
<1> ロシア:スターリンの亡霊とプーチンの脅威
<2> イスラームテロに於ける真の脅威とは
【5】整合性ある倫理や哲学が新たな市民運動を生む
【6】この世は神が創ったか、素粒子の「存在への意志」が創ったのか
【7】これからの市民運動が目指すもの
戦術その1:「集団的自衛権」の違憲訴訟
戦術その2:政党政治を崩壊させる橋頭保としての「市民党」の旗上げ
戦術その3:市民党から市民議会へ
世界を恒久平和へと導く市民連携を目的としております。
社会機構を根幹から変えていくための様々な情報を集約し、これからの時代をより良くしていく正統な知識の集積と理念の形成を創造して行きたいと願っております。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
Resume of representative and history of the activity of this NGO.Why we think the primary Issu of International Citizen Court.
世界は今新しい時代に突入しようとしています。
政治そのものが混沌とした世の中しか創出する事が出来なくなった今日・・民主主義と経済至上主義が矛盾だらけの社会を現実のものとし、幼い子供たちの命すら見捨ててしまうような枠組みしか作れなくなった人間社会・・これが我々人類が求めてきた真の道でしょうか。本当に人類が目指すべき道程はもっと違うはずではないでしょうか・・。私たちはこれまでのようなトップダウンではなくボトムアップを基本として社会の底辺からその矛盾を紡ぎだし、複雑に絡みあったジレンマを解き明かし、人類の進むべき真実の道を明らかにして行きたいと願っています。
新しいパラダイムの創生を目指して、是非皆様のお力をお貸し下さい。
07/10/2012 sonegoro
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